平成7年
平成7〜9年
平成9〜10年
平成10〜15年
平成17年 |
東京歯科大学卒業
東京歯科大学水道橋病院口腔外科勤務
医療法人社団 内堀会勤務
医療法人社団 宏育会勤務
優歯科オフィス開業 |
私の記憶が確かならば・・・・・・・
○天使幼稚園時代
とても賢い子供で神童と言われていたはず・・・(本人の美化された記憶による)
○郡中小学校時代
やたらと髪型を気にする肥満児でした。
地元の港南中学に進学すると坊主頭になるため、
私立の愛光中学受験を決意したのです!(今はスキンヘッドですが・・・)
○愛光中学時代
小学校時代の受験勉強の反動もあってか、まったく勉強しなくなりました。
中高一貫教育のため高校受験がないことも災いしたと思います。
○愛光高校時代
高校1年生で立派な天下無敵の落ちこぼれになってしまいました。
当然授業にはついて行けず、毎年留年の危機にさらされたのは言うまでもありません。
このころ体重が87キロを超え、さらにブクブクと太りだしました。
勉強はまったく分からなかったので、ひたすら減量に励む日々・・・。
その成果もあって、半年で32キロ痩せ55キロに!
卒業時、256名中 252番の成績でかろうじて卒業証書をもらえました。
この後、奇跡的に東京歯科大学に合格してしまったのです。
運だけは強いんです。(裏口入学ではありません)
○東京歯科大学時代
1〜2年生時、授業そっちのけで麻雀にはまってました。
3〜4年生時、少し改心してまじめに授業を聴講するようになりました。
5〜6年生時、なぜか成績優秀者として授業料を一部免除されることになって
しまいました。運だけは強いんです。
大学卒業後は東京歯科大学水道橋病院口腔外科に在籍し、来る日も来る日も、患者さんの採血・点滴に追われていました。歯科処置といえば親知らずの抜歯ばかりで、おおよそ、一般開業歯科医とは縁のない世界で2年間過ごしました。
その後、都内で歯科医院に勤めながら、様々な学会・講習会に参加し自分の知識・技術を磨く努力を続けました。この頃、多くの著名な先生方との出会いがありました。
そんな中で私にもっとも強い影響を与えた歯科医師が、歯科矯正の第一人者・阿部和弘先生でした。彼の矯正術は、歯を抜かないで治すという画期的な方法で、痛くなく、スピーディに治り、自然な口元になるという素晴らしいものでした。この矯正術を自分のものとして身につけたとき、漠然とではありますが、「開業すれば地元歯科医療の向上に貢献できるのではないか。」という思いが湧いてきました。
更にもう一人、わたしに大きな影響を与えた歯科医師が、国際歯周内科研究会会長の生田図南先生でした。優歯科オフィスが完全滅菌にこだわり、顕微鏡を用いた最先端の歯周病治療を行うようになったきっかけは、この生田先生との出会いがあったからです。「完成された滅菌システム」と「驚異的な治療成果をあげる内科的歯周治療」を知ったとき以前から「開業すれば地元歯科医療の向上に貢献できるのでは・・・」という漠然とした気持ちが「私が今までにない画期的な歯科医院をつくる!私の目指す歯科医院は必ず患者さんのためになる。」という確信に変わりました。
持てる力の全てを注いで、誠心誠意、診療にあたる所存です。
無論のこと通常の保険診療も行っています。
保険診療でも可能な限り美しく治すよう心掛けております。
お気軽に優歯科オフィスを訪問していただければと思います。
皆様方のご来院を心からお待ちいたしております。
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